流行りのお店にはない良さを求めて:台北の老舗カフェ
文=Francesca Chang 編集=下山敬之 写真=Samil Kuo, Taiwan Scene, Nathan Dumlao
活気あふれる台北では最近若い世代を中心に高品質な豆、おしゃれな雰囲気、ユニークさをテーマにしたカフェが流行っています。台北はコーヒー好きの人たちの天国になっていて、飲み物を一杯注文すれば居心地の良いカフェで1日過ごせます。また、高級なお店の多くは、焙煎や調合の世界的なコンテストで優勝したプロのバリスタが運営しています。台北が世界でも有数のコーヒー都市として注目されるようになったのは、「ヒップスター」という流行に敏感な人たちが好むお店のおかげです。しかし、台北が現在の地位を獲得する以前から存在する懐かしいコーヒー文化を持ったお店が今も残り続けています。
ここでは第二次世界大戦以降から現在まで台北に残っている5軒の老舗カフェを紹介していきます。
蒋介石の時代から残る名店:明星咖啡館(アストリア・カフェ)
1949年に国民党政府が中国大陸から台湾へ渡ってきたことは周知の事実ですが、同年、ロシア革命後に上海へ亡命していた6名のロシア人が台北に移住してきたことはあまりしられていません。もともと起業家だったロシア人は台湾のビジネスパートナー簡錦錐(ジエンジンズィ)とともにパン屋を開業すると、それまではロシアの王室でしか食べられなかった柔らかいキャンディーとリュウガンを使ったマズルカウォルナットケーキを販売しました。お店の1階ではこれら焼き菓子系の商品、2階ではコーヒーと飲み物を提供していました。
1959年になると詩人の周夢蝶(ジョウモンディエ)がお店の外で詩やその他の文芸作品を販売し始めたことで、このお店も知識人たちの間で人気を集め始めました。他のお店の店主たちとは異なり、簡さんは詩人がカフェの外で商売をすることを許可しました。その結果、後に台湾の著名な文学者となった人々を含む多くの若い作家たちが入り浸るようになりました。他にもソビエト連邦に10年以上留学していた蒋経国(しょうけいこく)総統、ファーストレディの蒋方良(しょうほうりょう)などの重要な政治家たちをも魅了しました。
15年に渡りしばしば休業を挟みましたが、今でも営業を続けており、かつて詩人やビジネスマン、政治家が好んだオリジナルのヨーロッパ式家具とロシアの焼き菓子を現在に残しています。特別な日にはロシアのブランデー入りの紅茶を注文してみて下さい。
明星咖啡館(アストリア・カフェ)
台北市中正区武昌街一段5号
10:00‒21:00
1950年代のコーヒー:蜂大咖啡(フォンダーカーフェイ)
流行の中心、西門町に位置する蜂大咖啡は、1956年に台北で初めてアイスコーヒーを取り入れたカフェとして今なお残り続けています。通りに面したカウンターには年代物の設備が置かれ、それらを使って豆を挽きコーヒーを淹れています。その様子は通行人たちの興味を引き、店の前に並ぶ人たちを楽しませています。レトロな設備以外にもコーヒーの品質にもこだわり、12種類のブレンドコーヒーを提供しています。
加えて、お店の前を通りかかると目に飛び込んでくるのが約6時間で4杯分のコーヒーしか作れない背の高いウォータードリッパーと入り口付近のショーケースの上に並ぶ魅力的なガラス製のクッキージャーです。
また、小さな通路沿いに並ぶこのお店は、台北にある他のお店と違いお客さんに時間制限を設けています。混雑時は1時間ほどで次のお客さんを入店させるといった配慮がなされています。メニューの中では有名なアイスコーヒーと伝統的なクルミクッキー、おばあさんの世代を思い出させる緑豆ケーキがおすすめです。
蜂大咖啡(フォンダーカーフェイ)
台北市万華区成都路42号
08:00‒22:00
台湾の経済成長期から続くお店:蜜蜂咖啡(ミーフォンカーフェイ)
1950〜1980年代は「台湾の奇跡」と呼ばれる急速な工業化と経済成長の時期でした。経済成長真っ只中の台湾においてコーヒーは地位の象徴であり、一日中カフェでコーヒーを味わえるということはビジネスがうまくいっている証拠でした。
1978年にオープンした蜜蜂咖啡の現オーナー蔡翠瑛(ツァイツィイン)さんは「当時は株式市場に関する雑談をするお客さんがいて、店内にはタバコの匂いが漂い、BGMには日本の音楽が流れていました」と振り返ります。もともとこのお店は台北周辺に20店舗を展開する日本のフランチャイズ店でした。蔡さんが経営するお店は唯一現存する店舗です。座っておしゃべりをしたいという思いから作られたお店の雰囲気は、親切で居心地が良く、ゆっくりとした時間の流れを感じられます。オープン当初の写真を見ても、家具から小物まで1978年以来変わっておらず、台北の歴史の一部を現在に残しています。
コーヒーは特別にブレンドした豆を伝統的なサイフォン式スタイルで淹れています。2つのガラス容器を使ってコーヒーを抽出しますが、ボイルド式のように煮出すことはしません。他にも豚もも肉の蒸し煮、生卵入りのレモンジュースなどの有名なメニュー、ローカルなアーモンド茶を提供しています。蔡さんはお店の売却も考えているようなので、ぜひお早めにお店に足を運んでみて下さい。
蜜蜂咖啡(ミーフォンカーフェイ)
台北市中正区青島東路3-2号
日曜定休
今風に路線変更したお店:老樹咖啡(ラオシューカーフェイ)
老樹咖啡はもともと台湾南部にありましたが、コーヒーの楽園である台北に移ってきました。店名は元朝時代の作家馬致遠(ばちえん)の詩が元になっています。また、コーヒー好きのオーナーが1984年に台北で支店を設立した際、幼少期を過ごした万華区にはたくさんの老木があったことを思い出し、台北支店はバロック調の家具と装飾でデザインし、居心地のいいリラックスした雰囲気を作り出しました。
台湾の大きな経済成長期である80年代に設立されたこのお店は、リラックスすることを目的とする以外に、著名なビジネスマンが商談のために利用していました。また、当時の台北の老舗カフェは西洋風のカフェよりも遅くまで営業していました。その理由はインターネットやスマートフォンが普及する以前の台北が、活気あるバーやコンサートホール、そしてカフェによって栄えていたからです。当時のビジネスマンたちは夕方のパーティーやお酒を飲んだ後にカフェを訪れ、一杯のコーヒーで酔いを覚ますと夜中までビジネスをしていました。今では午後11:30には閉店する老樹咖啡も当時は夜2時まで営業していました。
老樹咖啡は台北で最も高級なコーヒーショップの1つで、人気の高いオリジナルブレンドコーヒーは1杯NT$300前後となっています。他にも少量のウィスキーを加えたアイリッシュコーヒーもおすすめです。また、他のカフェとは異なり厳選した豆の香りや味を妨げるメニューはほとんどありません。非常に人気のお店なので、コーヒーを飲みに行く際は先に予約をしましょう。
老樹咖啡(ラオシューカーフェイ)
台北市中正区新生南路一段60号
10:00‒23:30
東洋と西洋の融合:王義咖啡(ワンイーカーフェイ)
王義咖啡は30年以上にわたり、台北のコーヒートレンドに合わせながら伝統を守り続けてきました。このお店はとてもユニークで、ローストコーヒに合わせて牛肉麺などの伝統的な台湾料理を提供しています。定番料理の牛肉麺は、香ばしいスープととろ火で煮込んだ牛肉、野菜、中華麺で作られます。また、オーナーの柔軟な発想により、スープにスパイシーな香辛料を加えることで味に変化をつけています。西洋人は食事にここまでの配慮はしないかもしれませんが、ローカル料理と上質なコーヒーの組み合わせは、新旧の融合が続くグルメ都市台北ではうまく機能しています。その証拠に、牛肉麺は早ければお昼前には売り切れてしまいます。コーヒーは混雑時でも売り切れることはなく、たいていは食後に飲まれます。中には甘い蜂蜜ケーキと一緒にコーヒーを楽しむ人もいます。
王義咖啡は台湾市場での高い評価に誇りを持っています。このお店は世界中から仕入れた高品質な豆を近代的な設備で挽いていますが、マーケティングは口コミだけで、Google map以外の情報は公開していません。オーナーはこのやり方を気に入っていて、インタビューなどの取材は断っています。このように高い品質と親しみやすさがあれば、台北のような近代都市でもこうしたお店が生き残れることを証明しています。
王義咖啡(ワンイーカーフェイ)
台北市中山区中山北路一段53巷4号
09:00‒16:00土日定休
流行りのカフェは西洋風や現代的な要素で成功していますが、今回紹介した5軒のお店は原点を忠実に守り、独自のコーヒーの伝統と台北の歴史の一部を残し続けています。
***この記事はTAIPEIより転載許諾を得て使います。
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